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善光寺の縁起

昭和四十四(一九六九)年、当善光寺は仏縁により、ナリス化粧品初代社長を開基に迎え、楳庵白純大和尚を開山として勧請し、山号を成寿山と命名、二世中興大圓武志大和尚によって開創しました。坐禅を主とする禅宗のひとつである曹洞宗の寺です。釈迦牟尼仏を本尊とし、身代わり不動明王をお祀りしています。幸いにも、仏天の加護によって檀信徒は日を逐うて増加し、寺運は日とともに栄え、昭和五十七(一九八二)年に釈迦殿を建立して釈迦牟尼仏を本尊、文殊、普賢両菩薩を脇侍としました。さらに翌五十八年には従来の本堂を改築して不動殿と命名。大日如来を本尊、薬師如来、阿弥陀如来を脇仏とし、不動三尊をお前立ちとしました。

ゆかりの寺院

大田山 光真寺

光真寺は、山号を大田山と称しますように、大田原家の菩提寺として創建された禅剎です。大田原家中興の祖である十三代資清公は、城を中田原水口から大田原龍体山に移すと共に、両親の菩提を弔うため四周に霊山域を探し、西方に巨木鬱蒼とし、風無きに枝は鳴り、水深く湛えた蛟龍の潜む深渕の如き幽池あるを知り、直ちに七堂伽藍を建立しました。俗兄であり高徳の聞え高い塩谷川崎の長興寺第三世麟道を屈請して開山第一世となし、大田原家永世の菩提寺と定めました。寺号は父君の法号「明庵道光」の光の字と、母君の法号「真芳妙観」の真とをとり命名したと云われています。善光寺の開山楳庵白純大和尚は、光真寺三十六世住職で大圓武志大和尚の師父です。 

京都 清水寺

曹洞宗を世に広く広めた瑩山禅師は母(懐観大姉)・祖母(明智憂婆夷)の観音信仰の中で育まれた。懐観様は祖母が突然行方知れずになったとき、消息を探し歩かれ日参なされたのが清水の観音様でした。また、懐観様は37歳のとき、越前多禰(福井県)観音堂に日参し境内を歩行中産気づき、生まれたのが瑩山禅師です。善光寺博志住職の生母黒田倫子夫人もまた、福井県で生まれ育ったご縁を篤く思い、清水の観音様との深い仏縁と、永くその恩徳に感謝し、碑建立を発願し2001年11月15日京都音羽山清水寺で除幕式が行われました。